「ベアリングが突然焼き付いて、ラインが2日止まった」「展示会で『AIで故障予知』と聞くが、うちには縁遠い話に感じる」——予知保全という言葉は知っていても、中小の工場では最初の一歩が見えにくいものです。
結論から言うと、中小企業の予知保全の入口はAIではなく、温度・振動・電流の「傾向を見る」状態監視です。高度な故障予測をしなくても、傾向のグラフを見るだけで突発停止のかなりの部分は事前に気づけます。しかもセンサー1箇所あたり数千円〜1万円台から始められます。
- 事後保全・予防保全・予知保全の違い(かみ砕いた説明)
- 「AIで故障予知」が中小企業でそのまま使えない理由
- 温度・振動・電流の傾向監視という現実的な始め方
- 段階的な進め方と費用の概算レンジ
事後保全・予防保全・予知保全の違いをかみ砕く
設備の保全のやり方は、大きく3つに分けられます。車のタイヤにたとえると分かりやすいです。
| 方式 | 考え方 | タイヤでたとえると | 弱点 |
|---|---|---|---|
| 事後保全 | 壊れてから直す | パンクしてから交換する | 突発停止で納期・修理費のダメージが大きい |
| 予防保全(時間基準) | 壊れる前に、期間や回数を決めて交換する | 3年ごとに無条件で交換する | まだ使える部品も捨てるのでコストがかさむ。期間内の突発故障は防げない |
| 予知保全(状態基準) | 状態を測って、劣化の兆候が出たら交換する | 溝の深さを測って替え時を決める | 「状態を測る仕組み」が必要 |
つまり予知保全とは、「設備の状態を測り、壊れる前に手を打つ」保全のやり方のことです。突発停止を減らしつつ、まだ使える部品を無駄に捨てない。両方のいいとこ取りを狙う考え方です。
「AIで故障予知」と中小企業の現実のギャップ
展示会や広告でよく見る「AIが故障を事前に予測」というシステムは、実際に成果を上げている例があります。ただしその裏には、あまり語られない前提条件があります。
- 学習に使える正常時・故障時のデータが大量にある(同型設備が何十台もある)
- データを整備・評価する専任の担当者がいる
- センサーとシステムに継続的な費用をかけられる
中小の工場の現実はどうでしょうか。設備は一品ものや年代物が多く、故障はそもそも年に数回。つまりAIに学習させる「故障データ」が最初からほとんどないのです。担当者も兼任が普通です。この状態で高価なAIシステムを入れても、宝の持ち腐れになりがちです。
誤解しないでいただきたいのは、AIが悪いわけではないことです。順番の問題です。AIは予知保全の「ゴール側」の道具であって、「入口」の道具ではありません。入口はもっと素朴で、もっと安くできます。
私30年設備に関わってきた実感ですが、故障の予兆の多くはAI以前に「傾向のグラフ」の形で人の目に見えます。まずグラフを見られる状態を作るのが先です。
現実的な入口:温度・振動・電流の「傾向」を見る状態監視
中小企業が現実的に始められる予知保全の入口は、設備の状態を表す代表的な3つの量——温度・振動・電流を測って、「いつもと比べてじわじわ変わっていないか」の傾向を見ることです。故障の予測式など無くても、傾向の変化だけで多くの予兆に気づけます。
| 測るもの | 気づける予兆の例 | センサーと費用の目安 |
|---|---|---|
| 温度 | モーターや軸受の過熱傾向(潤滑切れ・過負荷) | 貼り付け型・非接触型で数百円〜数千円/箇所 |
| 振動 | 回転体のガタ・アンバランス・ベアリングの傷 | 加速度センサー自作なら数百円〜数千円、市販の簡易振動計は数万円〜 |
| 電流 | 負荷の増加傾向(詰まり・こすれ・劣化) | クランプ式電流センサーで数千円〜1万円台/箇所 |
3つとも既存の設備を改造せずに「後付け」できるのがポイントです。温度は貼るだけ、電流は被覆の上から挟むクランプ式なら配線を切らずに測れます。温度の自動記録のやり方は工場の温度管理を自動記録にする方法でも詳しく書いています。
自作するならESP32+ケースをセットで考える
センサーの値をクラウドに送って自動記録するなら、数百円〜のマイコン(ESP32など)と組み合わせる自作方式が最安です。ただしESP32は基板がむき出しの部品です。油や粉じん、切り粉の飛ぶ現場にそのまま置くと短絡や故障の原因になるので、必ずケースとセットで考えてください。ケース一体型の完成品(M5Stackシリーズなど・2,000〜4,000円程度)を選ぶか、タカチのBCAPシリーズや未来工業のウオルボックスといった汎用の防水防塵ボックス(800〜3,000円程度)に入れるのが定番です。価格はいずれも2026年8月時点の目安です。
なお、電流や信号を後付けで取り出す方法の全体像は、こちらの記事にまとめています。


段階的な始め方:4ステップ
いきなり全設備・全項目を狙わず、1つの故障に絞って段階的に進めるのが定着のコツです。
止まると被害が大きく、過去に突発故障の実績がある設備を1台選びます。「あのモーターの焼き付き」のように、部位まで具体的に絞るのがポイントです。
その部位の温度や電流を自動記録し、1〜3か月分の傾向グラフを作ります。この期間の目的は故障予知ではなく「正常なときの値と揺れ幅」を知ることです。
正常な揺れ幅が分かったら、「いつもより◯℃高い」「電流が◯%増えた」といったしきい値を決め、超えたらスマホに通知が来るようにします。ここまでで実用的な状態監視になります。
1年分の傾向データと数回の「予兆に気づけた・気づけなかった」経験が貯まると、初めて高度な自動判定やAIを評価できる土台ができます。検討はこの段階からで十分です。
私がお客様に相談されたら、まず勧めるのはステップ2の「正常な姿を知る」期間をきちんと取ることです。理由は、故障の予兆は急変ではなく「じわじわ上がる傾き」として現れることが多く、正常時の基準がないと傾きの異常を判断できないからです。ここを飛ばしてしきい値を勘で決めると、誤報だらけになって通知が無視されるようになります。
費用の概算レンジ:どこまで安くできるか
| やり方 | 費用の目安 | 向いている会社 |
|---|---|---|
| 自作(ESP32+温度・電流センサー) | 部品代1箇所あたり5,000円〜1万円台+社内の手間 | 電子工作やITが得意な社員がいる |
| 市販の状態監視機器・SaaS | センサー1点数万円〜+月額数千円〜程度 | 手間をかけずすぐ始めたい |
| 外注で自社向けに開発 | 数十万円〜(箇所数・通知や画面の作り込みによる) | 複数設備をまとめて、自社の運用に合わせたい |
金額はあくまで概算で、設備の状況や測る点数によって大きく変わります。それでも、「温度と電流の傾向を1箇所見る」だけなら1万円前後の部品代から試せるのは事実です。数百万円のAIシステムと比べれば、失敗しても勉強代で済む金額です。



「予知保全=高い」と思って何もしないのが一番もったいない。突発停止1回分の損失と、センサー1個の値段を比べてみてください。
よくある失敗と注意点
- 最初から全設備・AI判定を狙って、費用と手間で頓挫する(まず1箇所の傾向監視から)
- 正常時のデータを取る前にしきい値を決め、誤報で通知が信用されなくなる
- グラフを作って満足し、誰も見なくなる(週1回、朝礼などで傾向を見る場を決める)
- センサーの取り付けが振動で緩み、いつの間にか嘘の値になっている(定期的に取り付けを点検する)
- 制御盤内の配線に安易に手を入れる(電源遮断・有資格者作業・メーカー保証の確認が前提)
特に2つ目と3つ目は「仕組み」ではなく「運用」の失敗です。状態監視は測る仕組みが半分、見る習慣が半分。どちらが欠けても予兆は素通りしていきます。
まとめ:AIの前に、まず傾向グラフを
- 予知保全とは「状態を測って、壊れる前に手を打つ」保全のやり方
- AIはゴール側の道具。故障データの少ない中小企業の入口には向かない
- 入口は温度・振動・電流の「傾向を見る」状態監視。後付けで数千円〜から
- 1つの故障に絞り、正常な姿を知ってから、しきい値と通知を付ける
予知保全は、大企業だけのものでも、AIありきのものでもありません。「いつもと違う」に早く気づける仕組みを1箇所作ること。それが中小企業にとっての、いちばん安くて確実な第一歩です。
- 予知保全にAIは必須ですか?
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必須ではありません。温度・振動・電流の傾向を人が見るだけでも、多くの故障予兆に気づけます。AIによる自動判定は、傾向データが十分に貯まり、運用が定着した後の選択肢と考えてください。
- どの設備から始めればいいですか?
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「止まると一番困る設備」で、かつ過去に突発故障の実績がある設備がおすすめです。故障したときの損失が大きいほど、状態監視の効果が金額として見えやすく、社内の理解も得やすくなります。
- 古い設備でも状態監視はできますか?
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できます。温度センサーは貼るだけ、電流はクランプ式で被覆の上から挟むだけなので、設備側に通信機能や新しさは必要ありません。むしろ図面や保守部品が手に入りにくい古い設備ほど、突発故障の予兆を早く掴む価値が大きいです。



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