「ラズパイ(Raspberry Pi)を使えば数千円で工場の監視システムが自作できるらしい」——検索するとそんな記事がたくさん出てきます。部品代だけを見れば、それは本当です。
ただ、結論から言うと、自作と市販システムの比較は「部品代」ではなく「作る手間・維持する手間・作った人が辞めるリスク」まで含めた総コストで考える必要があります。総コストで見ると、答えは会社によって逆転します。分かれ目はお金ではなく「社内の人」です。
- 自作(ラズパイ/ESP32)と市販システムの部品代・費用の正直な比較
- 部品代の安さが逆転する「3つの隠れコスト」
- 自作が向く会社・市販SaaSが向く会社・外注が向く会社の判断基準
- 「自作で試して、本設置は外注」という現実的な組み合わせ方
部品代だけなら自作の圧勝:まず正直に比較する
最初に、費用の内訳を隠さず並べます。工場の設備監視(稼働監視や温度監視)を1〜数台で始める場合の目安です。
| やり方 | 初期費用の目安 | 月々の費用の目安 |
|---|---|---|
| 自作(ESP32+センサー) | 数千円/台程度(ケース込み) | サーバー代0〜数千円 |
| 自作(ラズパイ+センサー) | 1〜2万円/台程度(ケース込み) | サーバー代0〜数千円 |
| 市販の監視サービス(SaaS) | 数万〜数十万円程度 | 月額数千円〜数万円/台程度 |
| 外注で自社向けに開発 | 数十万円〜(範囲による) | 保守・サーバー代 月数千円〜 |
金額はいずれも2026年8月時点の概算で、台数や機能によって大きく変わります。それでも「モノ代」だけ見れば自作が一桁安いのは間違いありません。市販SaaSを3年使えば、月額だけで数十万円になる計算です。
では自作一択かというと、そうではありません。この表には「値段がついていないコスト」が抜けているからです。
安さが逆転する3つの隠れコスト
私は30年システム開発をしてきた技術者なので、自作そのものは大賛成の立場です。それでも、自作の総コストを見積もるときは次の3つを必ず足し込みます。
- 作る手間:センサー選定・配線・プログラム・Web画面まで作ると、慣れていない人で数十〜百時間規模。担当者の時給で人件費に換算すると部品代を軽く超える
- 維持する手間:Wi-Fi切れ・SDカードの寿命・OSやライブラリの更新・停電後の復帰など、動かし続けるための地味な作業が延々と続く
- 作った人が辞めるリスク:仕様書のない自作システムは、作者が異動・退職した瞬間に誰も直せないブラックボックスになる
特に3つ目は深刻です。「前任者が作った装置が止まったが、中身が分からない」という相談は、製造業に限らず本当によくあります。自作の最大のコストは部品代ではなく、特定の人に依存することだと考えてください。
私いちばん高い部品は「人の時間」です。部品代の見積もりに担当者の時間を足した瞬間、比較の景色が変わります。
自作するならラズパイとESP32どっち?(ケースの話も忘れずに)
自作派の方がまず迷うのが機材選びです。ざっくり言うと、ラズパイは「小さなLinuxパソコン」、ESP32は「Wi-Fi付きの小さなマイコン」です。
| ESP32 | ラズパイ(Raspberry Pi) | |
|---|---|---|
| 本体価格の目安 | 数百円〜2,000円程度 | 1万円前後〜 |
| 得意なこと | センサー値を読んでクラウドへ送る | カメラ・画像処理・データ保存・画面表示まで1台で |
| 弱点 | 複雑な処理や大量データは苦手 | SDカードの寿命・消費電力・起動時間 |
| 向く用途 | 稼働信号・温度の常時送信 | 映像判定や、現場側でデータをためる用途 |
「センサーの値を測って送るだけ」ならESP32で十分です。私が展示会向けに作った月面探査車のデモ機も、500円程度のESP32で映像伝送と操作コマンドを同時に処理できました。監視の常時稼働用途では、部品が単純なぶん壊れにくいのも利点です。
自作・市販SaaS・外注:向いている会社の判断基準
総コストの構造が分かると、判断基準は金額ではなく「社内の体制」になります。私は次のように整理しています。
| 選択肢 | 向いている会社 | 向いていない会社 |
|---|---|---|
| 自作 | 電子工作やITが好きな社員がいて、業務時間の一部を充てる了解が取れている。止まっても業務が困らない範囲で使う | 担当者が1人しかいない。監視が止まると業務に支障が出る |
| 市販SaaS | 手間をかけずすぐ始めたい。標準機能で足りる。月額を払い続ける予算が取れる | 自社の帳票・運用に合わせた作り込みが必要。台数が多く月額がかさむ |
| 外注開発 | 自社の運用に合わせたい。日報や既存システムとつなぎたい。長く使う前提で資産にしたい | 要件がまだ固まっていない。まず試したいだけの段階 |
ご相談を受けたとき、私が最初に確認するのは「その仕組み、作った本人がいなくなっても回りますか」という一点です。答えがイエスなら自作を勧めますし、ノーなら「自作は実験まで。本番は市販か外注で」とお伝えします。理由は単純で、監視システムは一度動き出すと5年10年と使い続けるものだからです。
現実的な落としどころ:自作で試して、本設置は市販か外注
「自作か、買うか」の二択で悩む必要はありません。実際に私がよくお勧めするのは、段階で使い分ける組み合わせです。
- お試し(1〜3か月):ESP32やラズパイの自作で1台だけ測り、「数字が取れると何が変わるか」を体感する
- 要件固め:試して分かった「本当に欲しい機能」だけを書き出す(この要件が自作の最大の成果物)
- 本設置:標準機能で足りるなら市販SaaS、自社の運用に合わせたいなら外注で作り直す
この順番のいいところは、自作の弱点(維持の手間・属人化)が表面化する前に役目を終えられることです。数千円のお試しで要件が固まっていれば、市販システムの選定も外注の見積もりも失敗しにくくなります。お試し段階の具体的な進め方は「月1万円から始める設備の見える化」にまとめています。


3年間の総コストで比べる:概算表
最後に、隠れコストまで含めた「3年間・数台規模」の総コストを概算で並べます。社内の手間は人件費に換算した場合のイメージです。
| やり方 | モノ・サービス代 | 社内の手間(人件費換算) |
|---|---|---|
| 自作 | 数万円程度 | 製作数十〜百時間+維持が月数時間=数十万円規模になることも |
| 市販SaaS | 初期費用+月額で数十万〜百万円規模 | 設定と運用のみで小さい |
| 外注開発 | 開発費数十万円〜+保守費 | 要件打合せ程度で小さい |
あくまで概算で、台数・機能・担当者の習熟度によって大きく変わります。それでも構造は見えるはずです。3年スパンでは「モノ代」より「人の手間」と「月額の累積」が支配的になります。だからこそ、金額表の比較ではなく「うちの会社は誰が作り、誰が維持するのか」から考えるのが正解です。
まとめ:安いかどうかは「会社の人」で決まる
- 部品代だけならラズパイ/ESP32の自作が一桁安い
- 総コストは「作る手間・維持する手間・作った人が辞めるリスク」で逆転しうる
- 判断基準は「作った本人がいなくなっても回るか」
- 「自作で試して要件を固め、本設置は市販か外注」の組み合わせが現実的
自作は「安く済ませる手段」というより「安く学べる手段」だと私は考えています。数千円で試して、自社に必要なものが見えたら、長く使う本番の仕組みは無理せず外の力を借りる。それが一番安くつくケースは多いです。
- プログラム未経験でも自作できますか?
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温度測定など単純な用途なら、公開されている作例をなぞって動かすところまでは十分可能です。ただし現場で使い続ける品質(通信断からの自動復帰・誤検知対策など)に仕上げる部分で経験の差が出ます。まずは業務に影響しないお試し用途から始めてください。
- 自作した仕組みを、あとから外注に引き継げますか?
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引き継げます。むしろ「自作で試したデータと要件」があると、外注側は要件定義が正確にできるため、見積もりも開発も短くなります。作り直しになっても、お試しで得た知見は無駄になりません。
- 自作機を設備につないでも、保証や安全に問題はありませんか?
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光センサーやクランプ式電流センサーなど、設備の配線に触れない後付け方式ならリスクを最小限にできます。制御盤内の配線やPLCへの接続は、電源遮断のうえ有資格者(AC200V系は電気工事士の範囲)が行う作業で、メーカー保証に影響する場合もあります。自作でも非破壊の方式を第一に選んでください。





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