工場IoTのセルラー通信(SIM)活用|LANに触れない時の選択肢

「センサーを付けたいのに、情報システム部門の許可が下りず社内LANにつなげない」「親会社の管理下にあるネットワークには触れない」「そもそも工場棟にネット回線が来ていない」——工場のIoT化の相談で、この“通信の壁”は本当によく出てきます。

結論から言うと、社内LANが使えなくても携帯電話の回線(セルラー通信)を使えば、社内ネットワークに一切触れずにセンサーデータを送れます。センサーデータはとても軽いので、IoT向けの低容量SIMを使えば通信費は月額数百円程度からが目安です。

この記事でわかること
  • 社内LANを使わずにセンサーデータを送る構成(セルラー通信)
  • IoT向け低容量SIMと月額の考え方(センサーデータは軽い)
  • LAN方式との比較と「社内網と完全分離」というセキュリティ上の利点
  • 電波が弱い工場内での注意点と費用の概算
目次

「LANにつなげない」は珍しくない:よくある3つのパターン

IoT機器を社内ネットワークにつなげない理由は、だいたい次の3つに集約されます。

  • 管理が厳しい:情報システム部門や親会社の承認が必要で、申請しても数か月かかる・そもそも通らない
  • ネットワーク分離の方針:生産設備のネットワークは事務系と分離されていて、勝手に機器を足せない
  • 回線がない:事務所にしか回線がなく、離れた工場棟や倉庫にはそもそもネットが来ていない

①や②は、セキュリティ部門が意地悪をしているわけではありません。社内網に機器を1台つなぐことは、それだけ影響範囲の大きい行為なので、審査に時間がかかるのはむしろ当然です。

私

審査が悪いのではなく、社内網につなぐこと自体が重い。それなら「最初からつながない」構成に切り替えるのが現実的です。

セルラー通信でセンサーデータを送る構成

セルラー通信とは、スマホと同じ携帯電話の回線(LTEなど)でデータを送る方式です。仕組みは通常の稼働監視と同じ3層構成で、「通信の道」が社内LANから携帯回線に置き換わるだけです。

セルラー通信の構成例
  • 現場層:センサー+小型マイコン(ESP32など)が設備の信号や温度を検知
  • 通信層:SIMを挿したセルラーゲートウェイ(またはモバイルルーター)が携帯回線でクラウドへ送信
  • 表示層:クラウド上のWebダッシュボードで、スマホ・PCからどこでも確認

機器のそろえ方は大きく2通りです。1つは、SIMを挿すセルラーゲートウェイ(ルーター)を現場に1台置き、その機器が作る現場専用のWi-Fiにセンサー側をつなぐ方法。複数のセンサーを1枚のSIMに集約できるので、台数が増えても回線契約は1つで済みます。もう1つは、通信モジュールを内蔵したセンサー機器やデータロガーを使う方法で、機器単体で完結する代わりに1台ごとに回線が必要です。

ESP32などのマイコンは基板むき出しの状態で売られています。現場に置くならケースとセットで考えてください。ケース一体型のM5Stackシリーズ(2,000〜4,000円程度)、ESP32-CAM用の市販ケース(500〜2,000円程度)、タカチのBCAPシリーズや未来工業のウオルボックスといった防水防塵ボックス(800〜3,000円程度)が定番です。価格は2026年8月時点の目安です。

月額の考え方:センサーデータは驚くほど軽い

「携帯回線=月数千円」というスマホの感覚があると、台数分の通信費が心配になります。でもセンサーデータの通信量は、スマホの使い方とはケタが違います。

たとえば温度1点を1分ごとに送る場合、1回の送信は通信の付帯情報を含めても数百バイト程度。1日でも1MBに届かず、1か月で数十MBあれば十分という世界です。動画1本分にも満たない量です。

送るデータ月間データ量の目安回線の考え方
温度・湿度など数値(1分ごと)数十MB程度低容量プランで十分
稼働ON/OFF信号(数秒ごと)数十〜数百MB程度低容量〜中容量プラン
静止画(1時間に1枚程度)数百MB程度容量の見積もりが必要
動画・映像の常時送信数十GB以上セルラーでは費用がかさむ。別方式を検討

この「軽さ」に合わせて、IoT機器向けにデータ通信専用の低容量プランを提供する通信サービス(いわゆるIoT向けSIM・格安SIM事業者を含む)が各社から出ています。低容量プランなら月額数百円程度からというのが一般的な相場感です。

カメラの映像を送りたい場合は話が別です。動画は通信量が一気に増えるので、送信頻度を落とす・静止画にする・映像だけ別の回線にするなど、容量の設計から考え直す必要があります。

LAN方式との比較:「社内網と完全分離」が最大の利点

社内LAN・自前Wi-Fi・セルラーの3方式を比べると、それぞれの向き不向きがはっきりします。

項目社内LANを使うセルラー(SIM)を使う
社内網への接続あり(審査・申請が必要)なし(物理的に完全分離)
情シス・親会社との調整必須。数週間〜数か月かかることも軽い。「社内網には一切つながない」と説明できる
配線・工事LAN配線が必要な場合あり不要。電源さえあれば置くだけ
月額費用かからない回線費が発生(低容量なら月数百円程度〜)
通信の安定性安定電波状況に左右される(次章参照)
万一IoT機器が乗っ取られた場合社内網へ侵入の足がかりになり得る社内網に到達できない

月額がかかる代わりに、社内ネットワークと物理的に切り離せるのがセルラー方式の本質的な価値です。IoT機器はパソコンほど手厚く守れないので、「万一やられても社内網には届かない」構成にできることは、セキュリティ部門への説明でも強い材料になります。

私なら、社内承認に時間がかかりそうな案件ほど、まずセルラーで1台だけ動かして実データを見せます。理由は2つ。社内網に触れないので調整事項が最小で済むこと、そして「動いている画面」を見せてからの社内調整は、資料だけの説明より圧倒的に早く進むことです。ただし、設備にセンサーを付けてデータを社外のクラウドに送る以上、上長や設備管理者への報告と了承は必ず取ってください。

電波が弱い工場内での注意点

セルラー方式の弱点は電波です。工場は鉄骨と金属壁のかたまりなので、建屋の中央部や地下では携帯の電波が極端に弱くなることがあります。設置前に次の点を確認してください。

  • 設置予定の場所で、スマホの電波表示と通信速度を実測する(回線事業者によって入り方が違う)
  • ゲートウェイは窓際など電波の良い場所に置き、センサーとの間は現場内のWi-Fiでつなぐ
  • 金属の制御盤や防水ボックスの中に本体を入れると電波が遮られる。アンテナは箱の外に出す(外部アンテナ対応の機種を選ぶ)
  • 通信が切れた間のデータを機器側に貯めておき、復帰後にまとめて送る仕組みにしておく

「電波が弱いからセルラーは無理」と諦める前に、ゲートウェイの置き場所を電波の良い位置に寄せて、センサーからそこまでを別の手段でつなぐ、という切り分けで解決できるケースが多いです。工場内の電波問題は、こちらの記事で全体像を整理しています。

費用の概算

セルラー方式の費用の目安(センサー数点の場合)
項目目安備考
セルラーゲートウェイ/モバイルルーター1〜3万円程度/台産業用の頑丈なものは数万円〜
IoT向けSIM(低容量プラン)月額数百円程度〜/回線ゲートウェイ集約なら1回線で複数センサー
センサー+マイコン(自作の場合)数千円程度/台ケース・電源含む
クラウド利用料月数百円〜数千円程度データ量・表示内容による
外注で一式開発する場合数十万円〜台数・画面の作り込みによる

金額はあくまで概算で、電波状況・台数・必要な画面によって大きく変わります。それでも、初期数万円+月額数百〜数千円という規模感で「LANに触れない見える化」が始められるのは、ひと昔前と比べると大きな変化です。費用を抑えた始め方の全体像は月1万円から始める設備の見える化でも解説しています。

まとめ:つなげないなら、つながない構成にする

  • 社内LANにつなげなくても、セルラー通信(SIM)で見える化は作れる
  • センサーデータは軽く、低容量SIM(月額数百円クラス)で足りることが多い
  • 社内網と物理的に完全分離できるので、セキュリティ面の説明が通しやすい
  • 電波は設置前に現地で実測。ゲートウェイの置き場所の工夫で解決できることが多い

「ネットワークの承認が下りないからIoTは無理」というのは、もったいない思い込みです。社内網に触れない構成なら、調整のハードルは一気に下がります。回線契約1つとゲートウェイ1台の小さな一歩から、試してみてください。

情報システム部門に無断で設置してもいいですか?

おすすめしません。社内ネットワークには触れませんが、設備に機器を付けること・データを社外のクラウドに送ることは会社のルールに関わります。上長や設備管理者への報告と了承は必ず取ってください。「社内LANには一切つながない構成です」と説明できるぶん、了承は得やすいはずです。

契約した通信量を超えたらどうなりますか?

プランによって、速度が落ちる場合と追加料金がかかる場合があります。センサーの数値データだけなら超過はまれですが、送信間隔とデータサイズから月間量を見積もり、余裕のあるプランを選んでおくと安心です。

携帯回線でデータを送るのはセキュリティ的に大丈夫ですか?

通信を暗号化(TLS)して送るのが基本で、サービスによってはインターネットを経由しない閉域網接続の選択肢もあります。むしろ社内LAN方式と違い、万一IoT機器に問題が起きても社内ネットワークに影響が及ばない点は、セルラー方式の利点です。

山あいの工場で電波がほとんど入らない場合は?

まず現地でスマホを使い、複数の回線事業者の電波を実測してください。事業者を変えるだけで入ることがあります。屋外や窓際への外部アンテナ設置も有効です。それでも入らない場合は、回線の新設など別の手段との費用比較になります。

この記事を書いた人

川島敏英(株式会社サンクスシステムズ代表)。1988年から30年、日立グループで制御・組み込みを中心にシステム開発をしてきた技術者です。2009年からの4年間は、ルネサス/ルネサスモバイル(日立系の半導体会社)で、携帯電話(ガラケー)の「頭脳」にあたる半導体チップ(SoC)の開発を担当しました。現在は中小企業向けに、センサーからWeb画面まで一気通貫のシステム開発を行っています。

詳しい経歴はプロフィールへ。「うちの設備でもできる?」「いくらかかる?」といった段階のご相談も歓迎です。制作実績はこちら。

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